メディアではなくコンテンツに着目する


仕事でこういう愚痴をよく聞く。

職場の先輩が自分の仕事に対して、もっとこうすればいいじゃないか、と半ば非難めいた言い方をしてくる。

それを聞いたとき、うーん。うなってしまった。

なぜかというと、もう少し話をつっこんで聞いてみると、その先輩からの意見はもっともだという。組織としてうまくまわるための意見だという。

それを聞いたとき、うなるしかなかった。
おそらく、自分のやり方や考え方を否定されたことに腹立っているのか、相手の言い方に怒っているのだろう。

ただ、それは自分しか見ていない。自分のことしか考えていない。
自分がどうのこうのではなく、組織として、よい意見であれば、謙虚にそれを受け入れるべきだし、もっといえば、自分の考え及ばなかった意見に敬意を表すとともに反省すべきではないのだろうか。

仕事であれば、組織としてプラスなのかどうなのかを考えなければいけない。

それを愚痴るとは、意味がわからない。

と、思っていたら、最近、この状況をうまく表現したフレーズを見つけて、思わず膝をたたいた。

それは『「やりがいのある仕事」という幻想』 (朝日新書)の中で見つけた。

言っていることな正しいかもしれないけれど、あの言い方が気に入らない」なんて怒る人がいるけど、それは、そう感じる人の方も悪い、と僕は思う。言い方ではなく、言っている内容、つまりメディアではなくコンテンツをしっかり受け止めることか優先されるべきだ。それが仕事の本質ではないか。



さらに、本書では新社会人や就活の学生からの質問に答える内容もあるのだが、先の話と本質が似ているフレーズがあり、共感した。

(相談の回答について)僕の回答は「冷たく」感じられるだろう。その冷たいと感じること自体が、相談ではなく応援を望んでいる証拠だ。はなから理性的な意見を聞こうとはしてはいない、感情的な後押しを欲しがっている姿勢だから、「意見」を冷たく感じ、あるときは反発してしまう。


よい意見がほしいのではなく、頑張ってという後押しがほしいだけ、ということだろう。


いずれも、本質がズレているということだ。こういったケースは全く同じ形でないにしても、けっこう散見する。気をつけたいものだ。



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