「習慣」は正常な感覚を麻痺させることも

昼食は、大体、職場の食堂で食べているのですが、今日は、時間がなくコンビニへ昼食を買いに行きました。

20年頃前の中学生のとき、土曜日は午前中の授業が終わると、給食がないため、部活が始まる午後まで、よくコンビニで昼を買って済ませていました。そのとき、決まって買うのが、おにぎり2個とサンドイッチ1個でした。

以来、約20年、コンビニで昼食を買うときは、決まっておにぎりとサンドイッチをセットで買います。

先日、金曜ドラマ「もう一度君に、プロポーズ」の中で、おにぎりとサンドイッチを一緒に食べる人は変わった人、というくだりがありました。

それを見たときは、まさに同感だったのですが、今日、コンビニでおにぎりとサンドイッチを買おうとしたとき、ふと、自分もおかしな人になっているじゃん、と気づきました。

コンビニで昼食を買うときはおにぎりとサンドイッチというのが、中学生以来、20年以上続いているので、習慣になっているのです。

でも、結局、今日はなんとなくおにぎりだけにしました。
ただ、おにぎりとサンドイッチの組み合わせがおかしいと言いたいわけではないのです。

今日、おにぎりだけにしておいて言うのも何なんですが、おにぎりとサンドイッチを一緒に食べたっていいではありませんか。別におかしかろうが、誰にも迷惑をかけていません。

言いたいのは、そうではなくて、こういうことです。

物事を客観的に見たときに、この場合は、ドラマを見たときですが、おかしいなと思ったのに、それまで当たり前のようにやってきたこと、まさに習慣になっていることには、そういうおかしいなという感覚になりにくいということです。

習慣になっている、というのはいい面もありますが、自分を客観的に見るという面からすると、習慣という当たり前になっていることには、目がいきづらい、意識が向きにくいので、注意が必要と言えそうです。フラットな視点が大切ということです。

習慣になっていることを一度見直してみてもいいかもしれません。案外、おかしなことをしているかもしれません。
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