ノートは汚く使え

最近、15年ぶりに『ソフィーの世界』を再読しました。さらに深めたいと思い、『もう少し知りたい人のための「ソフィーの世界」哲学ガイド』を読みました。










『ソフィーの世界』は西洋の哲学史をミステリー感たっぷりの物語形式にしたもので、楽しみながら哲学史を学べる良書です。たぶん、もっともわかりやすい哲学書といってもよいと思います。

今回の記事はその内容の紹介ではありません。本書をきっかけに気づいた、ノートの使い方に対する姿勢のメモです。

ソフィーの世界は、わかりやすい哲学書とは思いますが、哲学自体が難解なので、スラスラは読めません。

途中、ノートにまとめながら読んでいました。すると、ノートに書く時間ばかりとられて、肝心の読書が進みません。ノートをキレイに書こうとして、手が進まなかったり、書き直したり、思考がとまったりするのが、原因のようです。

そこで、自分の中からこんな言葉が湧いてきました。

「ノートは汚く使え!」

思考がクリアでないときは、ノートの見た目のキレイさを気にせず、自分の頭の中をノートの上に書く。躊躇せず、とにかく書く。そうすることで思考の過程が目に見え、頭の中がクリアになってくる。後で見返したいのであれば、改めてノートにキレイにまとめる。そういうノートの使い方でいいのではないかと思ったのです。

明治大学教授の齋藤孝氏は著書『頭がよくなる図解思考法』の中で、「図解」と「図化」という二つの言葉を使い分けています。前者は、プレゼンで出てくるようなきれいな図。後者はキレイではないかもしれないが、思考の過程を図で表したもの。

ここでいうところの図化をイメージしたノートの使い方を志向してみようと思ったのです。
ひらたく言えば、ノートはキレイにまとまったものだけを書くのではなくて、クリアになっていない頭の中をグチャグチャでいいからノートに書こう、というものです。

本の本論とは全く関係がありませんが、そんなことを思わせてくれました。



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