先回り育児の弊害

4歳くらいの女の子が砂場で遊んでいる。スコップで穴を掘っているようだ。女の子のそばには、スコップやクマデ、小さなバケツなどがならんでいる。

そこへ4歳の我が息子が近づいた。今、まさに、置いてあるスコップを取ろうとしている。女の子はそれに気がついて、手がスコップにのびようとしている。二人の目があった。ケンカになりそうな雰囲気だ。

さて、仮に、あなたがこの4歳の男の子(私の息子)の親だとしたら、どうするだろうか。
争いを避けるため、「だめよ、それはお友だちのでしょ」と声をかけるだろうか。

そのとき、わたしは、何も言わず、ただじっと見守っていた。ケンカになるかもしれない。仮にケンカになったとしても、口出ししないと決めていた。それは子ども社会の出来事であり、大人が口出しすることではない、と思ったからだ。

ケンカになったらなったで、そこから、どうしてケンカになったのか、どう仲直りすればよいのか、どうしたらケンカにならなかったのか、など、よい学びの場になるだろうと、ある意味期待したのだ。

結局、ケンカにならなかったのだか、こういう場合、争いを事前に食い止めようと注意する親が多いという。「だめよ、それはお友だちのでしょ」と、スコップに触る前に言うのだ。さらに、仮にケンカになったとしたら親が仲裁に入るのだ。

以前、そういう親の姿勢を「先回り育児」という、と何かで読んだ。
子ども同士の関係に必要以上に親が介入することに注意を促す言葉として紹介されていた。

ケンカなどを通じて自己主張や交渉力など、社会で生きていくために必要な要素を学ぶ機会を周りの大人たちが奪ってしまっているということである。

だから、わたしは口を出すのでもなく、見てみぬふりをするのではなく、じっと見守り、息子がどういう行動をするのか、相手の子の行動に息子はどう反応するのかを、じっと観察する。

そして、後から、どう思ったのか、何を考えたのか、息子にじっくり聞いてみるのである。

激しいケンカなど大怪我につながりそうであれば、当然、止めにはいるが、そうでなければ、じっと見守り観察することをモットーにしている。
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