冷えとりの本質は靴下の重ね履きではない

冬になると足の冷えがひどかったので、冷えとり生活を始めたのですが、理由はそれだけではありません。


自分の身体の健康は人任せにしないという覚悟



それは、病院への不信感。少し大げさかもしれませんが、西洋医学に対する不信感です。

体調を崩して病院に行っても、診察は「とりあえず様子見ましょう」の一言。ほんの3分くらいでしょうか。そして、いつも似たような薬をもらって帰るのです。病院へは薬をもらいに行っているのでしょうか。すべての病院がこうだとは思いませんが、わたしの知る限りではこうなのです。

また、本で読んだ浅はかな知識ですが、ウイルス性の風邪は治せないそうです。200種類以上のウイルスがあり、薬は効かないのです。
今の西洋医学では、鼻水を抑える、咳を止める、のどの痛みを和らげるなど、あくまで対症療法なのです。

病院へ行くたびに、薬を飲むたびに、違和感を感じていました。症状を無理矢理、薬でおさえ込んでよいものか。そういう考え方の西洋医学を盲信してよいものかと。

さらには、自分の身体の健康は人任せではいけないのではないか、という覚悟がうまれてきました。


薬や病院に頼るのではなく正しい生活を



そんなときに出会ったのが進藤義晴氏が提唱する「冷えとり健康法」でした。西洋医学の対症療法に疑問を持ち始めていましたので、人間のからだや生活全体に目を向ける「冷えとり」は、すっと腹に落ちました。体全体をみるといっても、東洋医学というわけではありません。「冷えとり医学」です。


冷えとり医学では、飲む、食べる、着ることなど、日常生活を正しくすることが最大の薬であると考えます。
悪いことをせず、身を慎み、心を丸く穏やかに生活することが、薬になるというのです。

病気は自分が作ってしまったものだから、自分で治すという姿勢で正しい生活を送ることが、冷えとり医学なのです。

そこには、専門的な技術や知識、薬ではなく、正しい生活が何よりも大事です。治らないのは、治らない生活をしているから、なのです。

仏教では、病気は外からおとずれるものではなく、本来、自分の中にひそんでいるものであると考えます。人間は生まれながらにして、四百四病を抱えているのです。
また、禅のことばでは、病気のことを不安と表現し、体の調和がとれていない、バランスが崩れ安定していないことを言うそうです。

自分の身体の健康は人任せにしない。風邪などひいても薬や病院に頼らず、自分の生活を見直し、心身の調和に努め、正しい生活を送ることにより、病気を収める。わたしは、冷えとり医学を信じるすることにしたのです。


さいごに



冷えとりといえば、靴下の重ね履き、半身浴などが注目されていますが、それは、あくまで冷えとりの手段であって、本来、このような考え方が根本にあって成り立つものだと思っています。
冷えとりをしている方には、冷えとりの本質を踏まえた冷えとりをしていただきたいな、と勝手ながら思っています。
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