子育ては自分が一生懸命生きているありのままの姿を見せること

子育てなんて、おこがましい。ただただ、自分が一生懸命生きて、そのありのままの姿を包み隠さず子どもに見せる。親ができるのは、それだけであって、それ以上でも以下でもない。

あとは、子どもが何を感じ、何を考え、どう動くかだ。それは親の及ぶところではない。

五木寛之氏の著書「人生の目的」の中の次の一節を見て、そんな思いを持ちました。

一生懸命、時間をつくって子供の話し相手になり、そして子供といろんなことを積極的に語ったり教えたりする。それはそれでりっぱなことでしょう。だけど、そのようにして子供に向かって積極的に語りかけても、その子供のなかに残るものがどれだけあるかということは、ちょっとはかることができません。むしろ自分の人生のなかでのぶざまさ、そしてみっともなさ、弱さ、そういうものをありのままに、赤裸々に、子供たちに見てもらうことで、そこから子供たちが感じるものことこそ、親が子供に伝える大事な遺産のような気がして仕方がないのです。


自分の人生というものに非常に忠実に誠実に生きることこそ、子供のことをかまうよりも、はっきり言って自分の人生を充実させて生きることにすべてのエネルギーをそそぐ。そしてそれが、うまくいけばよし、うまくいかずともよし。それをかたわらで眺めている子供たちは、そのような親の生きかた、そして死にかた、そういうものから、目に見えない、かたちにならない大きな何かを、おのずと皮膚の毛穴から汲み取っていくのではないか。




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