【読書メモ】選ぶ力



以下、印象残ったフレーズのメモ。


○事を選ぶのは、一個人の人間の経験と知恵だけではないだろう。目に見えない運命の力のようなものがそこに働いていてこその選択である。


○自主的に「選ぶ」ことができなくなったとき、私たちはすでに生きる意味を失う。「生きる」とは、「選ぶ」ことである。人はみずから「選ぶ」ことで自分の人生を生きている。


○その中で、何を選ぶかは、何かに賭けることだ。すでにその覚悟はできている。


○情報を選ぶというのは、賭けることだ。一つの情報を全存在をかけて選んだ以上、その結果は運を天にまかせるしかない。


○どんなにくだらない本でも、一カ所ぐらいは傾聴に価する面白い部分が隠れているものだからだ。真理はガラクタの中にある。宝石箱の中になどない。


○本を選ぶ技術、などというものはない。人が選ぶと同時に、本に選ばれるのが読み手である。買って損をしたと思ったとしても、それはそれで何からの意味があるのではないか。人生は役に立つことばかりで成り立つわけではない。無駄な本をたくさん読んだ後でこそ、この一冊に出会って感動するのだ。本にかける金を惜しむべきではない。読んだ本の中から、百分の一くらいを保存し、再読、三読する。


○エビデンスがあろうとなかろうと、本人の実感には必ず何かの真実が含まれているものである。(略)たしかに説得力のある論理には逆らいがたい。しかし、科学的な理屈など、並べようと思えばいくらでもつくりだせるものではあるまいか。


○エビデンスが必ずしも客観的真実ではなく、それを用いるのが人間だという、あたり前のことを考えれば今、私たちが身の周りにあふれる情報をどう選ぶかが見えてくる。非科学的と笑われようがどうしようが、自分自身の直観に素直にしたがう。


○現在の自分の状況をもたらしたのは、自らの過去の行為であることになる。これからの未来もそうだ。明日の自分の運命をきめるのも、今であり、昨日の自分の行為である。(略)こう考えると、「今を生きる」ということが、時間の中で過去と未来にはさみ撃ちされていることに気づかないわけにはいかない。(略)運命とは、その現在をはさむ二つの決定的な時間のあり方だ。


○人間は病気の塊のようなものです。それをだましだまし取り繕って生きているのです。この取り繕いを「養生」と呼びます。(略)養生というのは、加齢による衰えを取り繕うだけで、、根本的に治すことは含まれません。


○趣味は養生。(略)巷にあふれるどれか一つの説に乗っかってしまうよりも、いろいろ試してみればいいのです。(略)趣味なのですから、適当につまんでみて、合わなかったら止めてしまえばいい。気楽なものです。
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