子どもを待てる親になろうではないか【書評】『夜回り先生』




現場の最前線に立つ実践者の声には、深さと説得力がある。
医療であれば、研究者よりも臨床経験が豊富な医師、教育であれば、評論家よりも教師、要するに、いくら巧みな言葉や理路整然とした論理であったとしても、実践という裏付けがないと言葉が腹に落ちない、ということを感じたことはないだろうか。

その点、本書は全く問題ない。
12年間、夜の街をさまよう5000人近い子どもたちと関わってきた経験から発せられる言葉一つ一つは重くて深い。
言葉は少ないが、その分、より心の深いところに入ってくる。さらに、決して生ぬるい関わりではなく、まさに人生を賭けて真正面から子どもに向き合い、救おうとするひたむきさには心がうたれる。

そこには、夜の街に沈んだ子どもたちに対して、こんな信念があるからだ。
「彼らは、昼の世界の心無い大人たちによって、夜の世界に沈められた」
そう、心無い大人たちによって、なのだ。

著者は、21年間の教員生活で一度も生徒たちを叱ったり、殴ったりしたことがないという。それは子どもたちはみんな「花の種」だと考えているからだ。

人生の道を踏み外した子どもがいるとすれば、それは関わった大人たちに問題があるのかもしれない。そう考えるのが必然なのだと思えてくる。

本書には、夜の街に沈んだ子どもたちと著者との関わりが具体的に描かれているわけだが、それを読めば読むほど、そう感じるだろう。

本書を読めば、大人としての子どもへの関わり方や、夜の街に沈められた子どもたちの心情を、今一度考えさせられることは間違いない。

では、大人は子どもにどう関わるべきなのか。
大人が子どもに本当にしてやらなければいけないことは、ただ「待つ」ということだけなのかもしれない。
本書もそうだが、子育て関係の本を読めば読むほど、「待つ」ということは、子どもの年齢に関わらず、親としてできる最も大事なことだと思えてくる。

本書で著者はこう言っている。

大人が子どもに教えられることなんて本当にごくわずかだ。子どもは子どもなりに、何かを考えている。そして、その結論を出すまでの時間は、大人が想像するよりもずっと長い。しかし、時間をかけた分だけ、子どもはしっかりと自分なりの答え見つけてくれる。


どんなときでも、子どもを待てる親になろうではないか。
自分自身も含め、子を持つ親にそう言いたくなった。
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