身の丈にあった生き方と子育て



「贖罪」
 善行を積んだり金品を出したりするなどの実際の行動によって、自分の犯した罪や過失を償うこと。罪滅ぼし。(大辞泉より)


 普段、読書をするときは数日に分けて読破するのですが、この本は一気に読みました。そうせざるを得ないほど、先が気になり、ページをめくりたくなる衝動にかられるのです。そう、途中でやめるなんてできない世界に陥るのです。

 当然、ストーリーは秀逸なのですが、読後、ストーリーとは直接関係のない、セリフが妙に頭に残りました。


「人はすべて平等だなんて思っていはいけない。生まれたときから、それぞれが与えられているものは違うのだから。貧乏人が金持ちのフリをしてはいけない。バカが学者のフリをしてはいけない。貧乏人は倹しさの中に幸せを求め、バカはバカなりにできることを一生懸命がんばればいいのだ。身の丈以上のものを求めようとすれば、不幸になるだけ。お天道様はしっかり見ているのだから、バチがあたる。」

自分自身の考え方の1つとして、人は平等ではない、人は身の丈に応じて生きるべき、というのがありますので、まさにこのセリフには共感するから、頭に残ったのだと思います。

ただ、もう一つ。
3歳の息子の保育園の様子を見ていると、それを痛切に感じるのです。
1歳頃から保育園に入れていますが、まわりの子を見てみると、1歳の時点ですでに、座る、歩く、しゃべる、などの能力の差があります。3歳になってくると、能力に加え、気性が激しい、おとなしい、社交的、バイタリティがある、などなど生まれ持った性格を感じます。また、ブロックが上手な子、足が速い子、ジャングルジムが上手な子、など運動能力も違う。

3歳の時点ですでに違う。
個性という言葉で整理すれば簡単なんでしょうが、人は平等ではない、という言葉の方がしっくりきます。

そう、やはり、子どものときから、いや、生まれたときから、人は不平等なんです。
だから、身の丈にあった生き方が大切であり、親の立場からすれば、自分の子をまわりの子と比較するのはナンセンスなんです。
比較は昨日の自分の子、過去の自分の子とすべきなのです。
(関連記事) 比べるのは他人の子どもではなく昨日の我が子


関連記事
スポンサーサイト
このエントリーをはてなブックマークに追加

にほんブログ村 子育てブログ パパの育児へ
にほんブログ村


子育てパパ ブログランキングへ

コメント

非公開コメント