川崎市の中学1年生の事件のコラムを読んで子どもに教えたいのは「自分で解決しようとするのが勇気ではなくて、親に相談できることが勇気」ということ

最近、川崎市の中学1年生の事件の記事が痛ましすぎて読んでいると辛くなる。とくに小中学生の子どもを持つ親はそうなんじゃないだろうか。

先日、たまたま目に入った新聞のコラムが妙に頭に残って、再度、ネットで読んでみた。

以下がそれである。(2015年3月1日中日新聞朝刊のコラム中日春秋)

 少年の世界は「暴力」が支配している。過言ではない。大人の男は程度の差はあれ、経験しているはずなのだが、忘れてしまう。たぶん、記憶にとどめたくない経験なのだろう。忘れたがっている。自分はそんなことはなかったという方もいるか。それは運が良かっただけなのだ

▼川崎市の中学一年生の上村遼太君が殺された。上村君が付き合いをやめたがっていたグループの少年三人が逮捕された。事実解明を待たねばならないが、首を刺された揚げ句、寒空に衣服を脱がされ放置されたという新聞記事の文字が目に、胸に突き刺さる

▼現場となった河川敷。被害者とは縁もゆかりもない方も足を運んでいる。大人として救えなかったことが申し訳なく、苦しいのであろう

▼暴力があふれる少年期に、運の悪い子は餌食にされ、孤独な戦いを強いられる。誰にも相談できない。報復も怖い。勇気とは自分で解決することと勘違いもする。親や友人も心配させたくない。優しい子ほど、黙り込んでしまう

▼少年期の野蛮な行為にわれわれは寛容すぎたのではないか。「やんちゃな時期」などというふざけた言葉に免罪符は絶対にやれぬ

▼あらゆる暴力から子どもを守る。大人の責任である。少年期に誰かによって、殺されることなく生き延びた大人は暴力や脅迫に怯(おび)えた日を思い出すべきである。上村君はあの時の私やあなたである。


運の悪い子が餌食にされる。そのとおりだと思う。でも、親としてはそんなのたまらない。優しい子ほど周りに迷惑をかけまいとし、自分で解決することが勇気と考える。やんちゃ、という言葉で大人は逃げるのではなくあらゆる暴力から守るのが親の役目。

そんな内容が頭に焼きついた。

今度の4月で小学生にあがる息子には、自分で解決することが勇気ではなく、親に相談できることが、本当の勇気だと、教えたい。

そして、親の役目としてあらゆる暴力から守らなければいけない。それが逃げだとしても。ネガティブだとしても。子どもの命を守れるのは親だけなのだから。
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