子どもの幸せのために親がすべきことは「大切な存在」であると伝え、見守ること ~べつに手足なんて何本だっていいわよ、というおおらかさ~

以前の記事(子どもの幸せは子ども自身が決めるということを忘れてはいけない )で親が子どものためにいろいろやったとしても「子どもの幸せは子ども自身が決める」ということを忘れてはいけない、と書きました。




先日、次の記事を見て、さらにその思いが強くなりました。

子どもの幸せを決めるのは誰? ――それは、本人自身が決めること : MAMApicks -子育て・育児・教育ニュース&コラムサイト-





記事では、子育てをしていると、ついつい子どもの幸せを自分のモノサシではかってしまう。辛い思いをさせることと不幸を取り違えてしまう。そして、最後にこうあります。

子の幸せは、本人自身が決める。
子の幸せのために親がすべきことは、わが子が「大切な存在」であると伝え、おおらかに見守ることなのかもしれない。


肝に銘じたいフレーズです。

また、記事では『五体不満足』なベストセラーとなった、乙武洋匡氏の著書『自分を愛する力』の引用があり、それが強烈に印象に残りました。

最後にそれを引用して終わります。

「こんな身体に生んでしまって申しわけない」
そう考える親のもとに生まれれば、きっと本人も「自分は不幸な身に生まれたのだ」と十字架を背負わされたかのような心持ちになるだろう。逆に「べつに手足なんて何本だっていいわよ」という、おおらかな親のもとに生まれれば、おそらくみずからの境遇を失望せずに生きていくことができるのではないか。
(略)
障害者として生きていくことは、本当に不幸なことなのか。はたまた障害と幸不幸には、何の相関関係もないのか。それは親ではなく、本人が生きていくなかで判断していくべきことだと思うのだ。


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