子育ての座右の書に出会った【書評】子どもへのまなざし


子どもを持つ友人すべてに配りたい。子どもを持つ全ての親に読んでもらいたい。
そう思える素晴らしい本だった。

児童精神科医である著者の豊富な臨床の経験にもとづく言葉は平易ながらも深くてわかりやすい。内容が腹に落ちやすい上に、子育ての迷いや悩みをそっと和らげてくれる。子育てをしている親なら、間違いなく手元に置いておきたい本となるだろう。

内容は、乳幼児期が中心となっている。乳幼児の特性や親の心構え的な内容が網羅されているといった感じだ。
著者の臨床の経験にもとづく内容のみならずエリクソンなどの高度な学説もわかりやすく、実践的に紹介されている。

本書の肝を抜き出すとすれば、なかなか難しいところだが、私なら次の5つのキーフレーズになる。

○子どもはひとりで育つのではなく友だちと育ち合うもの。親はそれを認識し友だちに感謝しなければいけない。

○子育ては最善を尽くして、急ぐことなくじっと待つことが大事。子どもは自分のペースで育てばよい。

○子育ては口でやるより、心、しぐさ、行動でするもの。親は子どもの手本。

○子どもの望むことを望んだどおりにしてあげればよい。過保護でだめになることはなく、過剰干渉が危険なのである。

○子どもへの理想は小さく。ありのままの子どもで十分満足だという気持ちが大切。

まだまだ、重要な内容はたくさんあるのだが、いや、ありすぎて書きたくても書けない。だから、こんな書評を読むことよりも、本書を読むことを強くおすすめする。

ただ、それで終わってしまっては、本書のすばらしさを伝え切れていないので、印象に残った言葉をいくつか引用しておきたい。

お母さんやお父さんにお願いしたいことは、子どもの笑顔や喜ぶ姿に、ご自身にあ喜べる両親であってほしいということです。親の希望どおりのことを、子どもがしてくれることに喜びを感じるのではなく、子どもの希望どおりいこたえれることに、幸福を感じられる親であってほしいということです。


子どもに一定の成長や発達をうながしながら、けれどもその早さや限界は、子どもの歩みのままでいいというふうに、子どものありのままの状態を、親が本当に満足して、受け入れてあげられるかどうかが、たいせつなことなのです。


もうひとつたいせつなことは、子どもの望むことを望んだどおりに、どれくらいしてあげられるかということです。子どもが望んだら、そのとおりにしてあげればいいのです。(中略)子どもは自分で望んだことを、望んだどおりに十分してもらうことなしに、自発的に強い自立の意欲をわかせないのです。


こうしてはいけません、こしなければいけませんということを、優しく、できるまでくり返し、くり返し伝えるのです。失敗すれば、また、教えるのです。伝えるところまでがしつけでありまして、いつからできるようになるかは、子どもまかせにしてあげるところにしつけのいちばん重要な鍵があるわけです。


子どもはひとりで育つのではなく、仲間と育ち合うということを知ることが、こんどは親や家族にとっての卒園の資格です。ですから、自分の子どもがちゃんと育っているということは、自分の子どもといっしょに、育ち合ってくれる子どもたちがたくさんいることなのです。こういうことにたいする認識と感謝を親がもつことが、保育園、幼稚園を終えるにあたっての必要な条件なのです。


いちばん困っているときには、どんなに本人が不注意であろうとなんであろうと、わが家では基本的にはしからないのです。とんでもないことをやってしまったということだけで、子どもは十分に制裁をうけているのですから。


ありのままの子どもで十分満足だという気持ちに、親がどれだけなれるかということがたいせつなのです。




■本書を読んで行動や意識しようと思ったこと

○子どもの望んだことを望んだどおりにしてあげれることに幸せを感じる。望んだとおりにしてあげればよい。

○しつけは、いつかできるようになるだろうという待つ気持ちで急ぐことなく大切なことを伝え続ける。いつできるようになるかは子どもが決めればよい。

○子どもは仲間と育ち合うことを認識し、感謝する。

○ありのままの子どもで十分満足だという気持ちで子どもを見守り続ける。
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皮肉を前向きにとらえてみる

皮肉を言われたら耳を背けたくなるのは、誰でも経験のあることだと思います。

先日、いつも拝見させていただいているブログ(「好きな言葉84」|マロン先生の奮闘日記ブログ)を見ていたら、こんな言葉か紹介されていました。



「皮肉とは、真実を伝えるための不愉快な手段である」
(米国の劇作家 リリアン・ヘルマン)



この言葉を見ると、皮肉を言われても耳をふさぐのではなく、ちょっとくらいは耳を傾けるべきかな、と思わされます。

手段は不愉快かもしれませんが、そこに真実がある、というスタンスで皮肉に接すると、受け取り方が変わるかもしれません。皮肉にもそれなりの価値があると考えるわけです。


皮肉を言われたときは、耳をふさぐのはちょっと待って、この言葉を思い出してみようかな。皮肉を前向きにとらえることができるかもしれませんね。不愉快だけど。
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子どもを待てる親になろうではないか【書評】『夜回り先生』




現場の最前線に立つ実践者の声には、深さと説得力がある。
医療であれば、研究者よりも臨床経験が豊富な医師、教育であれば、評論家よりも教師、要するに、いくら巧みな言葉や理路整然とした論理であったとしても、実践という裏付けがないと言葉が腹に落ちない、ということを感じたことはないだろうか。

その点、本書は全く問題ない。
12年間、夜の街をさまよう5000人近い子どもたちと関わってきた経験から発せられる言葉一つ一つは重くて深い。
言葉は少ないが、その分、より心の深いところに入ってくる。さらに、決して生ぬるい関わりではなく、まさに人生を賭けて真正面から子どもに向き合い、救おうとするひたむきさには心がうたれる。

そこには、夜の街に沈んだ子どもたちに対して、こんな信念があるからだ。
「彼らは、昼の世界の心無い大人たちによって、夜の世界に沈められた」
そう、心無い大人たちによって、なのだ。

著者は、21年間の教員生活で一度も生徒たちを叱ったり、殴ったりしたことがないという。それは子どもたちはみんな「花の種」だと考えているからだ。

人生の道を踏み外した子どもがいるとすれば、それは関わった大人たちに問題があるのかもしれない。そう考えるのが必然なのだと思えてくる。

本書には、夜の街に沈んだ子どもたちと著者との関わりが具体的に描かれているわけだが、それを読めば読むほど、そう感じるだろう。

本書を読めば、大人としての子どもへの関わり方や、夜の街に沈められた子どもたちの心情を、今一度考えさせられることは間違いない。

では、大人は子どもにどう関わるべきなのか。
大人が子どもに本当にしてやらなければいけないことは、ただ「待つ」ということだけなのかもしれない。
本書もそうだが、子育て関係の本を読めば読むほど、「待つ」ということは、子どもの年齢に関わらず、親としてできる最も大事なことだと思えてくる。

本書で著者はこう言っている。

大人が子どもに教えられることなんて本当にごくわずかだ。子どもは子どもなりに、何かを考えている。そして、その結論を出すまでの時間は、大人が想像するよりもずっと長い。しかし、時間をかけた分だけ、子どもはしっかりと自分なりの答え見つけてくれる。


どんなときでも、子どもを待てる親になろうではないか。
自分自身も含め、子を持つ親にそう言いたくなった。
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父親の役割が明確になる本【書評】お父さんだからできる子どもの心のコーチング




子育ては「ヘルプ」ではなく「サポート」、すなわち「コーチの手法」である、というのが本書の肝であろう。


■コーチの手法

その「コーチの手法」に向いているのが、父性というわけである。ここでいう父性というのは、必ずしも父親というわけではない。母親だっていいわけだが、父性は、どちらかと言えば父親が多く持っている要素ということだ。

もう少し具体的に見ていこう。
まず、本書は親の役割を次のように定義している。

親の役割は、子どもに自律を教え、自立させること



■自立を高めるためには

子育て関連の本には、よく出てくる「自立」だが、自立を高めるためにはどうしたらよいのだろうか。

本書はこう述べている。
子どもに考える機会を与え、試す機会を与え、子どもの「できる」を増やしていく


すなわち、コーチの手法である。
子どものできそうなことは、できると信じてやらせてみる。それは父親の役割なのだ。

なぜか。

母親は、子どもをお腹に宿し出産という経過をふむわけだが、そこには子どもとの「一体感」がある。子どもに困ったことがあれば、助けようとする気持ちが強くなる。

一方、父親はそうではない。本書では「分離感」という言葉を使っているが、少し突き放した見方ができるということであろう。
だから、一歩引いた視点で子どもを見ることができるのだ。


■自律を高めるためには

次に「自律」、すなわち、自分をコントロールする力についてみていく。

子どもは生まれてから「万能感」が育っていく。親が何でもやってくれるので、自分は何でもやってもらえる、思い通りになるという感覚だ。

それを3歳頃になったら「有能感」に変えていかなければいけない。
もっと平たく言えば、何でもやってもらえた、何でも自分の思い通りになっていたのが、思い通りになることとならないこと、やっていいこととやってはいけないことがあるということを教えこんでいくということだ。本書では、これを「限界設定」と呼んでいる。

限界を教えることで、自己をコントロールする力を育み、自律を促していくのだ。

これを教えるのは、前述した「一体感」を持つ母性よりも「分離感」を持つ父性が最適なのだ。


■父性の役割とは

すなわち、父性の役割とは、すべてを包み込んでくれる居心地のよい母性からあえて引き離し、コーチの視点を持って、自分でできそうなことにチャレンジさせ、できる力を引き出すこと。さらに、やってはいけない限界を教え込むこと。

この二つであると言える。

■さいごに

最後にこのフレーズを引用して締めくくりたい。日々の子育てに追われる私には時折、思い出さなければいけないフレーズである。

私たちの子育ての焦点は「今」ではなく、未来です。十年後、二十年後に子どもがどんな人生を生きているかに焦点を当てて、今日の子育てをすることが重要です。(中略)ちょっと高い視点から子どもの人生を俯瞰してみてください。<




■行動に起こそうと思ったこと

○ヘルプではなくサポート
考える機会を与えチャレンジする機会を与える

○自律(自己コントロールと限界設定)を教え、自立の力を引き出す

○子育ての焦点は、今ではなく、未来。子どもの人生を俯瞰する。
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息子の4歳の誕生日プレゼント

9月に4歳の誕生日を迎える息子の誕生日プレゼントを注文しました。
売り切れるといけないので、早めの注文です。

息子が好きな機関車トーマス関係を3点、知育系が2点です。


まずはトーマス3点セット。

▼トーマス大図鑑




▼トーマスのCD付のかるた、トランプ、パズル。




▼トーマスのすごろく。ミニパズル付。






▼以前の記事(【読書メモ】頭のよい子の家にはなぜホワイトボードがあるのかの実践をしようかと。







▼上のホワイトボードにはれるマグネット式のひらがな知育。

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今週のまとめ記事(2012/8/19-8/25)

今週のまとめ記事(2012/8/19-8/24)

今週は、子育て本の書評が2つ、ブログ関係のアプリの紹介、あとは、子どもへのご褒美に関する考察、雑記、といった感じでした。


●GoogleAnalyticsを使っているならiPhoneアプリ「Analytics App」はオススメ - 
とにかく見やすいですよ。しかもいろんな項目が分析可能です。



●ほめる子育てにはマイナスの影響が!【書評】ほめない子育て - 
ほめる、ということを改めて考えさせられる良書でした。



●子どもがテストでよい点をとったときにご褒美を与えるべきか? - 
いろいろな考え方があると思いますが。



●子どもと作る、簡単「スタバ風抹茶フラペチーノ」
節約にもなっています。



●大事なのは一般論ではなく、うちの子はどうなのか【書評】最強の子育て思考法 - 
子育てはマニュアルに縛られてはいけません。自分のアタマで考える子育てが大切です。



●話し合って決めるのは幻想?だからこそわかりあえたときはその奇跡に感謝しよう - 
話し合ってわかりあえるという考え方は傲慢なのかもしれません。


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話し合って決めるのは幻想?だからこそわかりあえたときはその奇跡に感謝しよう

社会人になって、13年経ちますが、ずっと信じていました。
同僚など同じ分野で仕事をする人間であれば、多少意見が食い違っても、何度も何度も話し合えば理解しあえると思っていました。

実際、意見が食い違えば、何度も何度も話し合いをして、理解しあってきたつもりでした。

ただ、それは傲慢な考えだということをこのブログ(「話し合って決める」という幻想 - Chikirinの日記)を読んで気づきました。
少し長いですが、引用します



世の中のすべての人の意見が「一致する」などということは起こりえません。いくら話し合い、議論しても、結果としてみんなの意見が一致した、などということは、ほぼないんです。

起こりうるのは「一部の人に、自分の意見を放棄させる」ということだけです。話し合って合意に達したように見える状況を思い浮かべて下さい。

そこで起こったことは、「議論を通して、全員が同じことを信じるようになった」ということではありません。一部の人が「まあいいや、お前の判断に従おう」と考えたから合意に至ったのです。「今回はそっちの方法でやってみようと思った」というだけです。

一緒に会社を経営しているとか、夫婦が子供にお受験をさせるかどうかを決めるとか、「合意に達する必要がある時」はよくあります。そういう時は、皆、議論をします。

こういった議論の目的は「話し合っている人達の意見を同じにする」ことではなく、「どちらかに、自分の意見を放棄させる」ことです。

「話し合って決める」ということは、そういうことなんです。

議論したら、心からわかり合え、みんなが全員、同じことを信じるようになる、なんてことではありません。そんなの幻想です。

だから民主主義というのは、最後は「多数決」なのです。いろんな意見を、みんなバラバラに主張し、最後にどうするかは選挙で決めます。「数が少ない人が自分の意見を通すことを諦める」というルールが民主主義です。

ただし、知識と思考は違います。知識は、どちらかが完全に思い違いをしている可能性があるので、正しい知識が目の前に運ばれれば、双方の意見は一致するでしょう。私が上で言っているのは、知識ではなく思考の話です。人の「考え」は、少々議論したくらいで同じになったりはしないのです。

(中略)

多様性を尊重したいからこそ、議論しないのです。

(中略)

「話し合って決める」というのは、お花畑的幻想です。

「話し合えば、相手も自分の意見と同じになるはず」などと思うのは、傲慢です。

話し合って決まるのは、「今回はどっちが意見を放棄しましょうか?」ということだけです。

順番に譲り合ってもいいし、多数決で決めてもいい。決める人が責任を負う、ということでもいいと思います。

「話し合って決める」という幻想を押しつけることは、「多様性の否定」につながります。合意されたひとつの意見以外を排除する思想は危険です。「ひとつの意見だけが正しく、後は間違っている」と考えるのは恐ろしいことです。


ただ、こうも思います。
話し合って決めることが幻想だからこそ、話し合うことで、本当にわかりあえたときは、その奇跡を大切にしようと。話し合った相手に感謝しようと。
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大事なのは一般論ではなく、うちの子はどうなのか【書評】最強の子育て思考法



「完全な子育てはない」

著者は、「はじめに」の中でそう述べている。たとえ、教科書どおりの完璧な子育てをしたとしても、必ずしも結果が伴うとは限らないということだ。
よって、本書は、よい結果が出る確率をあげるための子育ての本である。

これは、親としてはプレッシャーが和らぐのではないだろうか。子育ての結果が、すべて親の子育ての仕方に起因するわけではないのだ。あくまで確率の問題だ。


■完全な子育てマニュアルはない

「完全な子育てがない」ように、完全な子育てマニュアルはない。
だから、親が自分の子どもにあった子育ての考え方や方法をチョイスして、それを信じてやっていくしかない。

本書の言葉を借りれば、
「大事なのは一般論ではなく、うちの子はどうなのか」ということだ。

あとの結果は100%ついてくるわけではないが、確率を高める子育ての考え方や方法はあるわけで、それが本書に書かれている、というわけである。


■本書の構成

さて、本書の構成は次のようになっている。

序章:なぜ、家庭教育が必要なのか
第1章:ほめることや叱ることが大切な理由
第2章:ほめるべきか、叱るべきか、諭すべきかを考えよう
第3章:してはいけない叱り方を考えよう
第4章:勉強や習い事はこう考えよう
第5章:子育ての悩みや迷いはこう考えよう


■なぜ家庭教育が必要なのか。

本書の序章ではこう述べている。
「当たり前」ということが崩壊し、世の中の価値観が「自分なりの幸せ」を求めるようになり、子どもは方向を見失いやすくなった。学校もあてにできない今、学校に行かせておけば、とりあえず大丈夫、という時代ではない。だから、家庭での教育が大切になってくるということだ。


■家庭での教育の目的

では、家庭で何を教育するのか。引用してみよう。

親が子どもを教育する目的は、極言すればたった一つしかありません。それが生きる力をつけることです。


親の役割は、将来子どもが親元から離れていったとき、一人でも生きていくのに十分な資質を与えることです。子どもである間は親の言うことを聞くわけですから、その間に勉強させるなり、望ましい価値観を与えて性格形成するなりして、離れていったときに困らないようにすることが重要です。


つまり、そういうことである。

ただ、その「生きる力」を身につけさせるのに必要になってくる大前提がある。

それは、子どもが愛されているという実感を与える、ということである。いわゆる絶対的な愛、というやつだ。
それがあることで、生きる自信になり、生きる意欲につながるのだ。

ここまでは、序章と第1章の内容が中心なのだが、第2章以降は、しごく具体的なケースについての内容が続く。


■具体的なケースにおける子育ての考え方

章ごとに、いくつか印象に残ったものをあげてみる。

第2章「ほめるべきか、叱るべきか、諭すべきかを考えよう」

○高価なものを壊した
→子ども過失がなくても「不注意」を叱る。ものを壊すと取り返しがつかないことを教える。

○成績の良さやスポーツの優秀さを鼻にかけている。こんなときほめたらつけあがるのでは?
→つけあがっている理由を探すことの方が大切。例えば、コンプレックスの裏返しがそうさせているのでは。

第3章「してはいけない叱り方を考えよう」

○比較・・・「お兄ちゃんはできたのに」「友だちを見習いなさい」
→比較はあながち悪いことではない。上手に比較をすることで子どものモチベーションをあげる。

第4章「勉強や習い事はこう考えよう」

○「テストで100点とったら買ってあげる」とモノで釣るのは果たしていいことなのか
→がんばった対価として考える。いわゆる大人社会の資本主義的な体験をさせておく。

これについては、かなり異論がある。そもそも勉強の対価が資本主義的とは思えない。労働は、社会的貢献という側面があるので労働の対価としては考えられるが、勉強はあくまで個人の資質の向上に目的がある。そこに対価というのが考えにくい。


第5章 子育ての悩みや迷いはこう考えよう

○「学校へ行きたくない」と言ってだんまり
→子どもに関する情報をあらゆる手段で集めれるだけ集めて対応を考える。


■さいごに~実践しようと思ったこと~

最後に、3歳の息子を持つ親として実践や意識しようと思ったことを書いておく。

○子どもが愛されているという実感を与えることを重要視する。

○友だちとのトラブルは暴力がなければ、親はからまない。ケンカは人間関係のトレーニングととらえる。

○大事なのは一般論ではなく、うちの子どもはどうなのか
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子どもと作る、簡単「スタバ風抹茶フラペチーノ」

最近、家で、3歳の息子と一緒に抹茶フラペチーノを作って飲んでいます。

冷えとり健康法的には、冷たいものはあまりよろしくありませんが、息子が一緒に作りたいというし、おいしいと言ってくれるので、週に2、3回、一緒に作って飲んでいます。

まあ、市販のアイスなどのデザートを与えるよりも、手作りの方が多少は安心かなというのもあります。

我ながら味はなかなかなもので、自分の中では、スタバ風抹茶フラペチーノ、と呼んでいるくらいです。

ては、材料と作り方のご紹介です。


《材料》

○グリンティー
ティースプーンに4杯×人数分程度

○氷
人数分のコップに満杯程度

○豆乳
50cc~100cc程度

※分量は大体の目安です。お好みでアレンジしてください。


《作り方》

1 人数分×ティースプーンのグリンティーと豆乳50~100ccを混ぜます。少々お湯を入れるとよく混ざります。

2 1で混ぜ合わせたものと氷(人数分のコップに満杯程度)をミキサーに入れ攪拌します。

以上です。すこぶる簡単です。

お好みで生クリームなどをトッピングしてもおいしいと思います。
私は、タピオカ好きなので、タピオカを放り込んで飲みます。
タピオカについては以前の記事(家で好きなときにタピオカが飲める)を参照してください。

息子はグリンティーと豆乳を混ぜるのを手伝ってくれます。ミキサーにかけるとき、「すご~い。お父さんの発明品?」と感動している様子がほほえましいです。


▼ミキサーはこれを使用しています。部品を簡単にはずすことができ、洗いやすいので気に入っています。



▼グリンティーは、ふつうにスーパーで売っているもので十分ですが、お茶の老舗のグリンティーを試してみるのもいいかもしれません。味は、格別です。

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子どもがテストでよい点をとったときにご褒美を与えるべきか?

息子はまだ3歳なので、このタイトルにある問題に直面していませんが、ご褒美として何か買ってあげるか否かというのは悩ましい問題です。


■自分はどうだったか

では、自分の子どものときは、どうだったか。

親の考え方ははっきりしていました。

テストでよい点をとっても、一度もご褒美として何か買ってもらったことはありませんでした。
よい点をとれば、一緒に喜んでくれたし、悪い点をとれば厳しく怒られただけです。
小学校のとき、テストで悪い点をとったときや、通知表が下がったときは、家に帰るのが本当に怖かったのを覚えています。


■ご褒美をあげるべきか否か

今の自分としては、ご褒美は与えるべきではない、と考えています。

それはなぜか。

それを書く前に、ご褒美を与える場合と与えない場合のメリットとデメリットについて、考えてみます。ここでいう、ご褒美とは、テストでよい点をとったときに子どもたちが望むおもちゃやゲームを買ってあげる、ということです。


■ご褒美のメリット

勉強に対するモチベーションが高まる。

これ以外にあるのでしょうか。

腹には落ちていませんが、子育ての関係の本を読んでいるときに、こんな考え方に出会いました。

勉強をがんばったことの対価としてご褒美をあげることで、資本主義的な体験をさせるというものです。学校は、みな平等の考え方ですので、いわば社会主義的。だから、がんばった対価を得るという資本主義的な体験を早めにさせようというものです。


■ご褒美のデメリット

3点で整理してみました。

○学ぶことに対するおもしろさが実感できなくなる
わからなかったことが、わかるようになる、というのは本来楽しいものです。その感覚が実感しづらくなるのではないでしょうか。

○勉強の目的である自分自身の向上を理解しないまま、ご褒美を得るためだけの勉強になってしまう。

○ご褒美がなくなると、勉強をやらなくなってしまう恐れが高まる。

ざっと、思いつきで書くとこんなところです。

■ご褒美をあげるべきではない

やはり自分の経験からいっても、こうしてデメリットとメリットを考えてみても、ご褒美をあげることに対しては否定的な考えです。

とくに、学ぶ楽しさを早いうちから実感してもらいたい。

勉強するとわかるようになる
→わかるようになると楽しくなる
→楽しいから勉強する、

といったサイクルに持ち込みたい。ご褒美をあげてしまっては、それを実感させることは難しいと思うのです。

少なくとも、自分は前述した親の考え方のもと育ったわけですが、学ぶ楽しさ、というのは実感できるようになりましたし、今でもそれを実感しています。それは、親の教育の考え方の賜物だと思っています。

■さいごに

今は、まだ息子が3歳のため、自分の経験と子育て関係の本を読んでの考え方ですが、これから息子が小学校にあがり、いざ、勉強やテストを目の前にしたとき、再度、考えを深める必要があるテーマだと思っています。

あまりに勉強しない子どもに、少しでも勉強させようとして、ご褒美でつる親の気持ちもわかりますしね。
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ほめる子育てにはマイナスの影響が!【書評】ほめない子育て




「いい子だね!」「えらいね!」
子どもにこんな声かけでほめていないだろうか。

本書は、それはよくない、というのだから、固定観念が揺らいだのは私だけではないはずだ。


■「ほめる」がなぜいけないのか。

これまで、「ほめる子育て」に何の疑いも持っていなかった。
これまで読んできた子育て関係の本にも、子どもはほめて伸ばせ、というのはどれも共通していたように思う。
おそらく、私も含めて「ほめる」ということに否定的な親は、いないのではないだろうか。

本書は、タイトルからして、それに一石を投じている。

本書では、まず、最初に「ほめる子育て」のマイナスの影響が述べられており、その後、ほめない子育て、すなわち「認める子育て」とは何か、その重要性、プラスの影響などが具体的な事例とともに述べられている。

では、なぜ、「ほめる子育て」ではなく「ほめない子育て」なのか。

まず、「ほめる」とは、何なのか。本書ではこう定義されている。

「ほめる」とは「評価する」ことで、主語が「あなた(相手)」になる声かけです。


そう、ほめるとは、評価なのだ。
そうすると、いつもほめてもらっていた子どもがほめられないと、評価されなかった、ということになる。ほめる子育てばかりしていると、次第に、評価がもらえないかもしれない、という恐れを子どもが抱くようになり、いい子を演じるようになってくる。
周りの価値観を優先するようになる。そうすると自分がなくなり、自己肯定感、自尊心がなくなる、というのだ。

さらには、いじめの原因になったり、自分で決めることができない子になってしまったり、何でも原因を外に求める責任感のない子になったり、と悪い影響を及ぼすということになるというのだ。

これが、ほめる子育てのマイナスポイントというわけだ。


■ほめない子育てとは

では、ほめない子育てとは何なのか。
それは、「認める子育て」である。

本書の定義を引用してみる。

「認める」とは、主語が「私」で、「現実」を認めるもの。人によってさまざまな見方で認められます。


評価ではなく、さまざまな価値観のもと、現実をそのまま受け入れるということだ。(著者は「受け取る」という表現をあえて使っているが。)

さらに「I(アイ)メッセージ」が重要であるという。これについては、ぜひ本書を手に取って重要性を確かめてもらいたい。

それにより、自発性や責任感、創造性を育むことができ、生きる力の源「バイタリティサイクル」が回り出すという。
この「認める」を、自我が出始める頃、3歳頃から10歳までに増やしていくとよいというのだ。


■まとめると

かなり大雑把に言ってしまえば、評価するのではなく、多様な価値観を認め、受け入れるということであろう。

さらに、自分なりの解釈を書くとすれば、こうだ。

「ほめる」は、一定の枠、一定の価値基準の中に閉じ込めてしてしまうことにつながる恐れがある。
例えば、いい子・悪い子、すごい・すごくない、えらい・えらくない、と、2極的で一面的な価値観を知らず知らずのうちに植え付けかねない。

そうではなくて、多様な価値観を認め、現実に起こっていることをあるがままに受け入れ、すごい・すごくない、といった単純な価値基準の言葉ではなく、感じたままの親の気持ちをもとにした声かけをしていくことが、ひいては自発性や責任感につながっていく、ということではなかろうか。

それが、「ほめる」ではなく「ほめない」、すなわち「認める子育て」というわけだ。


■さいごに~本書を読んで行動しようと思ったこと~

○「すごい・すごくない」「えらい・えらくない」などの一面的な言葉でほめる(評価する)のではなく、多様な見方でありのままの現実を受け入れ、自分が感じた気持ちで声かけをする

○悪意のないいたずらは容認する。(悪意のないいたずらは創造の源泉となる。なぜなら、意図(計画)→作戦→決断→行動といったプロセスを踏むため、学ぶことが多い。)
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GoogleAnalyticsを使っているならiPhoneアプリ「Analytics App」はオススメ

ここ1ヵ月半、ブログを毎日、更新するようになったので、訪問数やページ閲覧数など、ブログを書いた後の反応が気になるようになってきました。ブログを継続する上でのモチベーションに大きく関わりますからね。

そこで、iPhoneでもGoogleAnalytics(ブログなどの解析サービス)の分析を見ることができるアプリ「Analytics App」を導入しました。

Analytics App 1.87(¥600)App
カテゴリ: 仕事効率化, ビジネス
販売元: Inblosam LLC - Inblosam LLC(サイズ: 3.6 MB)



パソコンのGoogleAnalyticsとほぼ遜色がなく、満足しています。むしろ、パソコンよりも見やすいで、パソコンでは見なくなりそうなくらいです。

分析できる項目は次の画面のとおりです。











レポートの表示はこんな感じです。これは1ヵ月間の表示ですが、期間は自由に変更できます。









かなり見やすくて、気に入っているのですが、唯一、不満があります。それは、「タイトル別のコンテンツ」を表示したとき、記事ごとの閲覧数が出るはずなのですが、本ブログのタイトルが長いこともあり、以下の画面のようになってしまうことです。これでは、どの記事がたくさん閲覧されたのかがわかりません。

ブログのタイトルが長いので記事のタイトルまで表示されません。横向きにしてもだめでした。

おそらく、このブログのHTMLを触れば解決するのでしょうが、そこまでの知識は持ち合わせていないので、せめて2行は表示されるとありがたいのですが。




これを除けば、かなり見やすくて、申し分ないと思います。GoogleAnalyticsをよく見る方は、600円(掲載当時の価格)出しても損はないと思います。

GoogleAnalyticsを見ることができるアプリは、無料版も含めて他にもいろいろありますが、見やすさや表示できる項目の多さ、日本語表記である、という点からオススメです。
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今週のまとめ記事(2012/8/12-8/18)

今週は、絵本や子育ての工夫、雑記、ブログなど雑多な感じでした。
ここ、1カ月半、毎日更新できていますが、少しネタに苦しんだ週でもありました。


■読書の日(2012年8月)「外郎売」
読書の日は、家族が本に対する関心が高まる、いい習慣になっています。

■子どもに帽子をかぶらせるアイデア
こういった子育てのアイデアや工夫は大好きです。

■子育てブログを書いている方ならきっとほしくなるブログパーツ
あまりWEBの知識がありませんが、じょじょに、本ブログを見やすいものにしていきたいと思っていますが、その一環です。

■子育ての本は自己啓発書でもある
タイトルのとおり、ほんと、そう思います。子育ては、子どもに目がいきがちですが、本当は自分自身に目がいかなければいけないのかもしれませんね。

■2018ロシアワールドカップ貯金
たわいもない雑記です。

■「待つ」ゆとりを持つ それなら子育てパパにもできるはず
「待つゆとり」を持つ、自分の中では子育ての大原則になっています。


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「待つ」ゆとりを持つ それなら子育てパパにもできるはず

子育てにおいて、「待つ」というのは、日々、頭の片隅に置いておかなければいけないキーワードだと思います。そのためには、親は「ゆとり」を持たなければいけません。

そう言いながらも、3歳の息子を前に、「早くしなさい」と、何度言いかけたことか。

詩人の相田みつをさんのこの詩からは、そんな子育ての肝である「待つ」ということに対する、大切さと難しさを感じさせられます。


  待つ

    待ってもむだなことがある

    待ってもだめなこともある

    待って、むなしきことばかり

    それでもわたしは

    じっと待つ




この詩に対して、『育てたように子は育つ』では、精神科医の佐々木正美さんは、次のような解説を加えています。

子どもに限らず草花でも農作物でも、何でも育てることが上手な人は、待つことが上手な人だと思う。待っていることに喜びや楽しみを感じていられる人である。しかし待つことの喜びは、日常の努力と相関する。最善を尽くしているという実感があれば、待つことの楽しみは最大になるであろう。そして、結果を問わない気持ちができていれば、待つことは安らぎでもある。(中略)
深夜に帰る子どもを寝ないで待っていてやること、雨の日に傘を持って待っていてやること、子どもを育てることも農作物を育てることも、「育てる」ということは、そうしたことの積み重ねである。子どものために、そういう日々の営みの連続に、ひそかな誇りのある喜びを感じ続けていてやりたいと思う。
子どもの中の自律性や自立性は、待っていてやるからこそ育つ。


最善を尽くせば、待つことは、楽しみにもなるし、安らぎにもなる。
親ができることは、最善を尽くして、ただ待つだけだ。

「待つ」という心のゆとりを持とう。


▼引用元

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2018ロシアワールドカップ貯金

3歳の息子は、サッカーボールを上手に蹴ります。我が家には、小さなサッカーゴールがあるのですが、「シュートぉ~」と言って、ゴールに蹴り込みます。

完全に親の影響です。

というより、生まれてから、徐々に徐々に、サッカーに興味を持ってもらうためのしかけをいろいろしてきたのです。

まず、生まれてからすぐに、小さなぬいぐるみ生地のサッカーボールを与えました。ちなみにドイツワールドカップ仕様のボールです。



1歳の誕生日には、ふわふわの小さなサッカーボールをプレゼントしました。日本代表のエンブレムが付いた青いボールです。



2歳のときには、ワールドカップ南アフリカ大会の開催中だったこともあり、南アフリカ大会仕様のボールをあげました。



3歳になってからは、前述したミニサッカーゴールを家の中に設置しました。いつでもシュートができます。親もシュートしちゃっています。




子どもが歩けるようになってからは、自分が出るサッカーやフットサルの試合に連れて行きました。行きましたというか、今でも連れて行きます。

試合を見せるのはもちろん、試合前の練習のときやハーフタイムのときには、子どもとグランドでボールを蹴ります。

もちろん、公園でボールを蹴り合うこともあります。

ということで、サッカーに興味を持ち始めている子どもですが、いや、持たされているのかもしれませんが、それはおいておいて、この先、本格的にサッカーをしてもらいたいのです。

もちろん、強制はしませんが。

が、工夫はします。願います。祈ります。サッカーしてくれぇ~。


で、かなり前置きが長くなってしまいましたが、今回のブログのタイトルというわけです。

次回のサッカーワールドカップは、2014年にブラジルで開催されます。現在、日本代表はアジア予選を戦っているところです。

その次、2018年の開催地はロシアです。子どもは10歳になっています。
ちょうどいい歳です。
何が、って。
そう、一緒に見に行くにはちょうどいいの歳です。サッカーがよりおもしろくなっている歳でしょう。

あと6年。
がんばって貯金するか。
何十万かかるか知らないけど、6年かけて貯金するか。小遣い削るか。


ただ、ただ、

貯まったとしても、6年後に、子どもがサッカーをやっていなかったら悲しすぎますが。。。。
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