死の直前に「存分に生きた」と言えるか


五木寛之氏の『ゆるやかな生き方』を読んでいたら、人間は50年くらいが耐用期間、それ以上生きるから問題が出てくる。欲張って生きようとする天罰が老化ではないか、といった内容が出てきました。




そのとき、その前日に見たNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の本能寺の変の場面で、信長が死の直前に声高らかに叫んでいるフレーズが頭をよぎりました。

「存分に生きた」、と信長は炎に包まれた本能寺で死の間際に言い放っていました。


人生はいつ幕を閉じるかわかりません。人生50年が、人生100年になったのかもしれませんが、それはあくまで平均寿命の話であって、個々人を見れば、どうなるかなんて誰もわかりません。

死ぬ間際に「存分に生きた」と言い放てる毎日を送らなければ、と思うのです。

まずは、その日1日を存分に生きる、その積み重ねです。
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日本昔ばなしの「したきりすずめ」で欲深さを考えさせられる


先日、5歳の息子と「まんが日本昔ばなし」に収録されている「したきりすずめ」を見ていたとき、少し考えさせられました。



お爺さんは、雀のお宿で雀たちから大きいつづらと小さいつづらのどちらがいいかと聞かれます。お爺さんは、小さいつづらで十分だといい、小さいつづらを持って帰ると中にはたくさんの小判が入っていました。それを見たお婆さんは(雀の舌をぬいたお婆さん)、なぜ大きい方をもらわないのか、もったいない、と雀のお宿に押しかけ大きいつづらをもらいます。帰り途中に中を開けると、妖怪が入っていてお婆さんは命かながら腰を抜かす。というくだりを見たとき、欲深さについて、考えさせられました。

お爺さんのように、私は小さい方で十分だと、いうスタンスで日々を暮らしたい。したきりすずめのお爺さんに理想を見たのでした。

以前の記事(昔話は人間の内面の象徴 )でも紹介しましたが「昔話は、人間の内面の深いところにあることをお話として象徴化するものといわれている」という言葉はほんとうなずけますね。





以下、参考に「したきりすずめ」のあらすじを書いておきます。

お爺さんに助けられてかわいがられていた雀は、お婆さんが障子の張り替えに使おうとしていた糊を食べてしまい、舌を切られて逃げ出す。その雀をお爺さんが追って山へ行くと、雀たちが恩返しにご馳走してくれたり踊りを見せてくれた。お土産として大小2つのつづらのどちらを持って行くか聞かれ、小さい方を持って帰り家に着いて中を見てみると小判が詰まっていた。欲張りなお婆さんは、大きなつづらをもらおうと雀の宿に押しかけ、大きい方を強引に受け取って、帰り道で開けてみると中には妖怪や虫や蜥蜴や蜂や蛙や蛇が詰まっており、お婆さんは腰を抜かし気絶してしまう(妖怪に食い殺されてしまう、又は妖怪から命からがら逃げ切り改心するという説もあり)。(Wikipediaより)
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他人に腹がたったら相手の言動の意味を探してみる


自分には理解や納得できない他人の言動に遭遇し腹が立ったとき、最近、こう思うようにしています。


理解や納得できない他人の言動に遭遇したときは



①それに対して何も考えないようにする

②その言動の意味を考えてみる


①何も考えないようにする



理解や納得できない他人の言動に遭遇したら、それに対して何も考えないようにする。何も思わないようにする。
それができれば苦労はない、のですが、まずはそうしてみる。試してみる、というステップを踏んでみたほうがいいと思います。



言動の意味を考えてみる



①ができなければ、相手の立場になって、その言動にどういう意味があるのか、なぜ、そういう言動をとったのか、または、そういう言動をとらざるを得なかったことは何か、を考えてみます。

もともと理解や納得できない相手の言動なので、なかなか難しいですが、頭をひねって考えてみます。ひねり出してみるのです。探してみるのです。無理やりにでも答えを出してみるのです。

出てきた答えが、正しいかわかりませんが、そう考えているうちに、腹立たしい気持ちも少しは薄れてくることがあります。

さらに、相手の立場に立って、相手の気持ちをくんで、物事を考える習慣にもなります。


おわりに



もともとこういう考え方を持っていたのですが、最近は、より努めてこう考えるようにして、心の平穏を維持しています。

また、相手の言動の意味を相手の立場に立って考える、というのは子育てにも通じるものがあると思っていますが、それはまた別の記事で。
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「休む」というタスク

以前の記事(これまでの風邪を振り返り今後の予防策を考える でも書きましたが、先日、ひさびさに風邪をひきました。そのときの反省として、休むことの大切さを改めて実感しました。



性格的に時間があるととにかく何かをやってしまいます。ダラダラしたり何もしないのは時間がもったいないと思ってしまうのです。だから疲れてても休むわけではなく何かをしてしまう。

そんな性格だからこそ「休む」ことを意図的にしないといけない、と思っていたとき、こんな記事に出会いました。


食べて、眠って、暮らして | あなたのおうち、わたしのおうち。




この記事では休むことをタスクとして、「養生タスク」としてとらえています。休むことが結果的には生活を効率的にするというのです。

ふだん、仕事でもプライベートでもタスクを管理していますが、その中に「休む」「養生する」というタスクを加えようかなと思い始めました。



以下、印象に残った言葉
休むと、それだけ仕事や暮らしの効率が悪くなる‥そもそも休むほど働いてないし‥そんな声も聞こえてくるかと思いますが。
「いつも健康なのがデフォルトで、具合が悪くなるのは悪いこと」
私たち人間には、そんな”仕様”はありません。からだは常に揺らぎ、一ヶ所に留まっているわけではない。いい時もあれば、悪い時もある。その微妙なバランスを保つのが、体調を管理することです。なによりも、「休む」ことを意識するようになったのりさんが、これだけ体調が良くなっているのです。いま「休む」ことは、結果的には生活の効率を良くすることなのです。




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おだやかに暮らすために「ひと駅前で本を閉じる」という工夫


日々、ていねいにおだやかに暮らしたい。
その工夫として、最近しているのが、「ひと駅前で本を閉じる」ということです。

通勤電車の中では、いつも読書をしているのですが、降りる駅のひとつ前の駅で本を閉じるようにしています。

今までは降りる直前まで本を読んでいました。気になってやめられないときには、電車が駅に停車しドアが開き乗客がなだれ込んでくる寸前まで読んでいます。

そうすると、本を閉じて鞄にしまって駅を降りるという一連の行為が慌ただしくなるんです。1日のスタートがそうだと、その日1日が慌ただしく感じるのです。

その慌ただしさが嫌で、スマートに、穏やかに、降車したいと思い、ひとつ前の駅で本を閉じることにしたのです。

おだやかに暮らす自分なりの工夫です。

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「もう十分」という感覚


最近、意識的に時折こうつぶやくことにしています。

「もう十分」と。

「もう十分」とつぶやくことで「もう十分という感覚」を大切にしたいと思っているのです。

どんなときにつぶやくか。

例えば、こうです。
先日、某イオンの閉店セールで服を買いました。ほぼすべての店舗が50%から70%のセールです。シャツを2着、ベストを2着買ったのですが、他にも安くなっているものがたくさんあり、目移りがします。ほしくなります。
そのとき、つぶやきました。「もう十分」と。

こんなのもありました。
先日、家族で水族館に行きました。息子も大喜びで楽しかったのですが、終わった後、まだ少し時間があったので、他にどこかに行こうかと思いました。
が、いやいや「もう十分」と口ずさみました。

こういうこともあります。
ご飯、味噌汁、キャベツがおかわり自由なトンカツ屋に行ったときです。食後、まだ、少しだけ小腹がすいたので、おかわりしようかと思いました。
でも、「もう十分」だよな。

欲を出したらきりがない。もっともっと、と求めてしまうと、きりがなくて、それを満たそうとして苦しむ。満たされると、またさらに別の欲が出てくる。満たされなければ不快になる。そういった苦しみのスパイラルからはできるだけ巻き込まれないようにしたいのです。

だから、「もう十分」とつぶやき、「もう十分という感覚」をいつも持っておきたいのです。昔の人は「足るを知る」、なんて上手く言ったものですね。
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人にはそれぞれ事情がある


通勤中、こんな人をよく見ます。駅のホームまで猛ダッシュしている人、電車を降りると改札まで一目散に走り出す人、エスカレーターをバタバタと慌ただしく走り去る人。

慌ただしい。もっと時間に余裕をもって行動すればいいのに、と少し批判めいた目で見ていました。

ただ、その慌ただしい光景に、私も入ってしまい、考えが変わりました。

仕事を退社後、子どもの保育園の迎えの時間がギリギリの状況で、事務所から駅にダッシュ。乗り換え時も猛ダッシュ、慌てて電車に駆け込みます。

そのとき、ふと思いました。焦っている脳をあざ笑うかのように冷静な脳がこう言うのです。

人にはそれぞれ事情があるのだ、と。

そうだな、ふだん慌ただしい人を見て、もっと時間に余裕をもって行動すればいいのに、と思っていましたが、人それぞれ事情があるのです。確かに、時間にルーズなために引き起こしている場合もあるでしょう。でも、全部が全部そうではなくて、時間にルーズであるのとは関係なく仕方のない事情がある、ということです。

「人にはそれぞれ事情がある」

他人をなかなか理解できなかったり、受け入れることができなかったりするとき、思い出すとよい言葉なのかもしれません。
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日本代表の遠藤保仁選手の車の運転から自分の暮らしを考えさせられた

2014年1月27日「NHK プロフェッショナル 仕事の流儀」で放映されていましたが、サッカー日本代表の遠藤保仁選手は、車を運転するとき制限速度以下で走るそうです。結局、信号などで追いついたりするんですよね、とコメントしていました。

なにげないワンシーンでしたが、妙に頭に残りました。

あの視野の広さや冷静沈着なプレー、飄々とした言動の根幹が垣間見れた気がしたのです。

仕事でも暮らしでも冷静さや周りを見る視野の広さは大切です。それは、こういった普段の暮らしとつながっているののかなと思います。

せかせかしている自分には、ぜひ取り入れてみたい。制限速度以下というところまでは難しいかもしれませんが、せかせかせず、できるだけゆったりと運転してみる。ゆっくり歩いてみる。ゆっくりと食べてみる。など、ゆったりとしたペースで暮らす、ということを忙しく慌ただしい毎日だからこそ、取り入れていきたいな、と思いました。
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生きていることに対して謙虚に

いつ何時でも「生きていることに対して謙虚であり続ける」こと。それが、今、この生きにくい世の中で生きていくために、常に頭に置いておかないといけないこと、だと思っています。
だから、次の五木寛之氏の言葉は身にしみます。


この世界が永久につづくと考えたとき、人間というものは毎日毎日の体験に感激を持てなくなります。それから、自分たちが何でもできるんだ、自分たちの力で人生をつくっていけるんだというふうに考えたとき、人間というものは非常に傲慢になってきます。人間は生まれる場所を選択できない。行く先も選択できない。その期間も選択できない。そう考えたときに人間は、与えられた人生というものの中でどう自分の一生を生きていこうかということを非常に謙虚に考えるようになるはずなのです。無力感よりはむしろその中でどう生きていこうかということを真剣に考えるようになるはずです。そして有限の人生であるということを感じたときに、この1年間、本当に大事に過ごさなければいけないと考えると思います。




引用元
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五感を意識し今していることに集中する

今していることに集中して、五感を意識してみようと思ったのは、この言葉に出会ったからです。

五感に入力されてくるデータを読みとる意識のセンサーを磨くことによって、気がつくと、心からイライラや不安が消え(略)


何をするときも五感を意識すると、イライラや不安が消える。、それは、イライラや不安などの雑念が入り込む余地をなくすほど、目の前のことに集中しなさい、といことなんでしようね。



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言葉遣いは心遣い

以前の記事(言葉遣いの本質を見極めたしつけ )にも書きましたが、日々、美しい言葉遣いをしたいと思っています。



例えば、あげだしたらきりがありませんが、とりわけ次の言葉遣いはあまり好きではありません。


  • ○○してあげる

  • ○○してやる

  • 適当に(適度にという意味ではなくて)

  • とりあえず

  • お前



5歳の息子が使ったときは、きれいな言葉じゃないね、とたしなめます。
なぜ言葉遣いにこだわるのか。
前述の以前の記事でも書いたとおり、私の母の影響もありますが、言葉遣いは人柄を如実に表すと思っているからです。

だから、自分自身、穏やかで美しい言葉遣いを心がけていますし、息子には言葉遣いをしつけることで人格形成を図っていきたいと思っているのです。

『人間にとって成熟とは何か』(曽根綾子著)には、
内面は言葉遣いに表れる

とあります。


『あたらしいあたりまさ』(松浦弥太郎著)には、
言葉づかいは、マナーではなく気持ちです。その人が「世界にどんな気持ちで向き合っているのか」のあらわれです。

とあります。


『暮らしの手帖10月号』には、
言葉遣いは心遣い

とあります。


いずれのフレーズも私の共感するところです。
言葉遣いは毎日のことです。
少し気を使ってみませんか。










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一瞬一瞬をおもしろく生きる工夫をする

日々、おもしろく暮らす工夫をしたい。受け身になっておもしろい暮らしを望むのではなく、自らの工夫やアイデアによって暮らしをおもしろくしたい。
最近、そんなことを思いながら暮らしています。

作家の五木寛之さんも『生きる事はおもしろい』の中でこんなことを書いています。

一瞬、一瞬を、自分でおもしろく生きる工夫をしなければ仕方ないだろう。一瞬が変われば一日が変る。


また、かの高杉晋作は、辞世の句で「おもしろきこともなき世をおもしろく」と詠んでいるそうです。

自ら、暮らしをおもしろくする。そんな積極性を持ちたいのです。



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ベストコンディションでないときはその中でのベストパフォーマンスを

大事な会議のときに限って体調を崩し頭がまわらない。
大勢の前でしゃべらないといけないときに限って風邪で声が出ない。

そんなとき、いつもこの言葉を思い出しては、その日をやり過ごすための、少しばかりの勇気を呼び起こします。

これは確かMr.Childrenのファンクラブの会報誌に書いてあった内容です。

『ベストコンディションで試合に臨めるアスリートなどほんのわずかです。怪我をしていたり、疲れがたまっていたり、だましだましだけれど、それでもベストなパフォーマンスを目指していくのです。ベストコンディションだからこそ
ベストパフォーマンスができるかといったらそれもまた違うのでしょう。欠点を欠点のままで終わらせずに、それを逆手にとったり、新しい方法を切り開いたりしてプラスに転じていく、そのメンタリティこそが必要』

たとえ、体調を崩し頭がまわらなくても、その状況の中でのベストパフォーマンスを目指す。そして、頭がまわらないということは、会議にのぞむにあたって緊張や不安まで頭がいかない。あれこれ考えてしまうような雑念が生じない。そんなプラス要素を見いだしてみたりするのです。
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常に自分なりのベストコンディションを保つための日々の暮らしの中の心がけ

常に自分なりの心身のベストコンディションを保っていたい。そのために、日々の暮らしの中で心がけていることがあります。

具体的に10個あげてみます。


  • 無理をしない

  • 考え過ぎない

  • 意識的に頭を空っぽにする時間をもつ

  • 目を使い過ぎない

  • 身体を冷やさず、頭寒足熱を心がける

  • 食べ過ぎない

  • 夜更かしをせず早寝早起きをする

  • 自分の身体の声に耳を傾ける

  • 疲れがたまってきたと感じたら適度に頭と身体を休める

  • 身体の不調を感じたら少食にして必ず頭と身体を休める



別に強制されてやっているわけではありません。こうするほうが自分にとって快適なんです。

「暮らしの手帖」の編集長である松浦弥太郎さんも同じようなことを言っています。以下、少し長いですが引用です。

体をベストコンディションに整えることは、すごい人、偉い人に限らず、僕ら全員がしなければいけない義務だと考えています。


人ごみにも行かないし、飲み会も断る僕ですが、友だちと会うのも楽しいし、おいしいものは、おいしいと思います。 それでも、友だちと会うことで規則正しい生活リズムが乱れるなら、体のために会いません。おいしいものを食べ過ぎて、体調がおかしくなるならば、体のために腹五分目くらいでおさえておきます。夜更かしして睡眠不足になるなら、本を読みたくても体のために控えます。 逆に言えば、そうやって制限しているからこそ、たまの友人との食事が大イベントになるし、それを楽しみに頑張れます。時間ができた日曜の午後、「思う存分、本が読める」となれば、このうえなく幸福を感じるのです。 これだけ大切に扱えば、体はちゃんと応えてくれます。 「松浦さんは、ストイックですね」と言われることもありますが、僕はそう思いません。自分らしいやり方で、当たり前のことを当たり前にしているだけだと思っています。


いつもベストコンディションを保つためには、日々の暮らしの中での心がけが重要なんです。



引用元
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楽しいことは1日1つで十分

先日、最終回を迎えましたが、Woman(日本テレビ)の中で、印象的な言葉がありました。子どもながらに「足るを知る」を実践した言葉だけに、自分も暮らしの中に取り入れたいと思いました。

のぞみという女の子が、弟と祖母と博物館で冷凍マンモスを見ました。そのあと、祖母に「観覧車は乗らなくていい?」と聞かれた後の言葉がです。

1日に2個楽しいことがあったら、どっちが楽しかったかわからなくなるでしょ。今日はね、冷凍マンモスのことだけを思っていたいの。



1日に楽しいことは1つで十分という心持ちをしよう。そう思わせてくれる言葉でした。

それにしても、小学生の女の子の言葉と思うと頭が下がる思いがしますね。
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